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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1012号 判決 1969年2月14日

原告

藤本輝明

代理人

福島等

田口康雅

被告

山下新日本汽船株式会社

代理人

竹内桃太郎

渡辺修

斉藤彰

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、雇傭契約及び解雇の意思表示

原告が昭和一六年一〇月二一日被告に船員として雇われ引きつづき就労中、昭和四〇年二月五日被告から法定の予告手当二九、〇七〇円の提供とともに解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争がない。

二、解雇の意思表示の効力

(一)  事実

1、<証拠>によれば、原告は昭和三六年二月頃被告の運航する船舶第二万寿美丸に乗組中の船員小林正剛の妻の妹筒井喜代子らに些細なことから乱暴を働き、小林の留守宅である神戸市葺合区熊内橋通四丁目四番地同人方を再度訪れ、ヘルメットを着用し鉄製四〇センチメートル位のスパイキを収納したかばんを携帯して土足のまま上りこみ、小林の妻に対し小林夫婦の悪口を並べ就寝中の子供の敷ぶとんを蹴飛ばす等の所為に及んだので、小林は妻子を案ずるあまり被告の許可を得て同月一七日同船を下船し帰宅したことが認められ<証拠判断略>。

<証拠>によれば、被告の本社海務部船員課長市林台三、神戸海務監督席配乗係態埜御堂浩は船員の配乗事務担当者として、同年三月頃原告に対し、被告の船員の留守宅における前記所為につき、厳重な注意を与えたことを認めるに足り、<証拠判断略>。

2、<証拠>によると、被告の船舶山姫丸乗組中の操舵係甲板手浜中政男が昭和三七年六月三〇日夕刻飲酒の上横浜港で出港スタンバイ作業中同船の二等航海士安武一郎に対し作業手順上の誤解により三度殴打暴行を加え、左顔面打撲傷並びに左耳鼓膜障害等の傷害を与えたので、浜中はその非を認め退職したこと、原告はこれを聞きつけ安武にも生意気で部下の反撥を買うような欠点があると断定し、同人を問責し、かつ同人に浜中復職のための嘆願書かせるべく、同年一〇月下旬神戸港寄港中の被告の船舶山下丸に二等航海士として乗組中の安武の船室にヘルメット皮ジャンバーのいでたちで押しかけ、折から執務中の同人に対し一時間以上にわたり大声で、「あんたが浜中を馘にしたのか。」「浜中ばかりが悪いんじやない。あんたも悪いところがあつた。あんたも山下(被告のこと)を辞めろ。山下じや喧嘩両成敗になつているんだ。」「おれの後には操舵係甲板手がついているぞ、みんな殴つてやるというとるぞ。お前がどの船に乗ろうともお前の動静について、甲板手を通じて連絡が来る。」「船ゴコ(船廻りのゴロツキの意味である)を雇つてあんたを消すことだつてできるんだ。山下汽船の船員が千葉でコンクリートの中に埋められ行方不明になつた。あんたもそういう風にならんようきいつけた方がええぞ。」「浜中から殴られたときなんで殴り返さなかつたんだ。卑怯だぞ。」「あんたは左の耳を怪我したというけれども右の耳を殴つてやろうか。」「人を殺したくらいなら懲役に二、三年行けば出してもらえるのだ。」「あんたが山下にいるうちは仇討をするぞ。」等同人に危害を加えるような言辞を用い、さらに同人に対し「おれは乗船を断つて浜中の復職運動をやつている。お前はこれを邪魔する気か。あれを気の毒と思うなら嘆願書を書いてくれんか。」と申向け、よつて同人に一時は身の危険を免れべく転職を考慮する等の精神的動揺を与えて畏怖せしめたこと、原告は昭和三八年一月末日頃被告の本社海務部第二船員課長宮崎丑喜から右のような所為は船内秩序をみだすにつき将来とも慎しむよう文書による注意を受けたことを認めるに足り、<証拠判断略>。

3、<証拠>によれば、原告は昭和三八月一一月頃被告所有外航船舶神好丸に甲板手として乗組み、同船の神戸寄港に伴い同月四日夕刻船長江藤次男から翌五日午前八時までに帰船するよう指示を受けて上陸し、モーターバイクで神戸市内を通行中同月四日午後七時前頃同市生田区元町通り二丁目附近で折から警ら中の生田警察署警察官大石勘策に対し右モーターバイクを警察官派出所で預つてもらいたい旨申入れたこと、同人が難色を示しながらも預るべく原告の身元を確認するため運転免許証の提示を求めたところ、原告はその言葉づかいに憤激し、大石の胸、腹を突き顔面を殴打する等の暴行を加え同人に治療二日間を要する頬部打撲傷を与え、その場で逮捕され、同日夜同署に留置されたこと、原告の依頼により同署から連絡を受けた被告の神戸海務監督席配乗係長熊埜御堂浩、神好丸通信長斉藤某、原告の妻らは同日夜同署を訪れ翌五日午前同船が神戸港を出港する予定につき早期釈放方を懇請したが、原告がなお興奮し暴力をもつて抵抗しているため取調が進まず、釈放を拒まれたので、熊埜御堂は原告が帰船できない場合にそなえ翌五日早朝交代要員太田篤に乗船の準備を命じてから、船長江藤次男、被告の神戸支店主席監督塚本某、原告の妻らと同署を訪れ、再度釈放を要請したけれども取調未了のため拒まれたことをいずれも認めるに足り(原告が上陸し、右日時場所において大石にくつてかかり逮捕されたことは争がない。)<証拠判断省略>。

そして神好丸が同日午前一〇時一旦岸壁を離れて投錨し原告不帰船のため前記交替要員を乗船させた上、同日午後〇時三〇分同港を出港したことは当事者間に争がない。

4、<証拠>によれば、被告の調査により判明しただけでも、原告は昭和二八年頃から被告の船員に対し数件の暴行を働いたほか、昭和三六年二月頃被告に雇われている船員の留守宅二、三軒(明石市大久保町所在)を飲酒の上前記スパイキを携帯して訪問し下品な話をもちかけ、船員らに留守宅の安全につき不安を抱かしめ、また当時前記小林正剛方において同人に対し、「貴様は船員の面汚した」と罵つて同人の左顔面を殴打し鼻頭をつねる等の暴行を加え同年四月神戸簡易裁判所で罰金六〇〇〇円執行猶予二年の判決言渡を受け、昭和三七年七月被告の船舶山隆丸に乗組み日本から香港に航行中船員森岡馨に対し、挨拶をしないことを理由にその頬を殴打し、昭和三八年四月前記神好丸に乗組み日本からマレー半島に向け航行中飲酒の上作業したので倉庫係甲板手相馬喜一から注意されるや同人を殴打する等、性格粗暴であつて、そのため原告は乗船中一部の船員との間に融和を欠いたことが認められ(右のうち小林に対する暴行及び有罪判決の言渡の事実は争がない)、右認定を左右すべき証拠はない。

(二)  就業規定の適用

1、原告の前示所為中(一)2の安武に対する脅迫は<証拠>によつて認めうる船員賞罰規程所定の懲戒事由中「船内において強要その他粗暴の行為により著しく船内秩序をみだし」たこと(一二条四号)に該当し、同3の不帰船は同じく「船長の指定する時刻迄に帰船しないとき」(一二条三号)に該当する。そして、<証拠>によれば、右賞罰規程は懲戒処分として戒告、減給、休職、解雇の四種を挙示する(同一三条)ことが認められる。

2、原告の前示行為中(一)2の情状について考えると、船員は長期間陸上社会から隅離され、船員だけで共同生活を営みつつ危険の多い海上で昼夜をおかず巨大な船舶を少人数をもつて安全迅速に運航する職務を担当する者であるから、船内における船員の融和を含め船内秩序は厳守さるべく、原告が前記のように安武を脅迫したことは、前記(一)4記載の再三にわたる暴行と併せ考えるとき、単なる偶発的な所為というを得ず、むしろ原告が常日頃粗暴であつて一部の船員との融和を欠き著しく船内を秩序を乱し、その性癖が容易に改まらないことを示すものに外ならない。原告が乗船中の船舶につき全日本海員組合の船内委員長に選ばれかつその全国委員に当選したとの事実もまた右評価を左右するに足りない。

3、また原告の前示行為中(一)3の情状について考えると、原告が指定時刻までに帰船しなかつたため、交替要員太田は予期しない時期に乗船を命ぜられる迷惑を受け、神好丸の出港も遅れることとなつたが、原告が帰船できなかつた原因は、原告が警察官に対しその態度を嫌つて暴行を加え、逮捕された後も暴力をふるい取調に応じなかつたことに存するから、帰船しないことの責が警察官のみに存するとはいえず、右に原告の責に帰すべきものというの外はない。原告がこの暴行事件により刑事上の処罰を受けなかつたからとて右結論を左右しない。

4、これらの事情を総合して考えると原告の右所為は情状が重く懲戒処分としては最も重い懲戒解雇に相当するといわれても止むを得ないというべきところ、<証拠>によれば、被告の船員就業規則は船員の解雇事由として「賞罰規程による懲戒解雇に該当する行為があつたとき」(一四条五号)と規定することが明らかであるから、原告はこの条項に該当する。

5、前記(一)1の船員留守宅をおびやかす行為は、それ自体としては右賞罰規程の定める要件に該当せず、職場外における非行ではある。しかし船員は長期間家族と離れて海上において労働し、しかもその間陸上相互間に比し通信連絡手段に恵まれていないという特殊の労働環境に在ることは顕著な事実であるから、海上勤務中の船員留守宅の安全は船員の労働意欲維持のため不可欠の要請であつて、これをおびやかすことは、いわゆる職務外の非行ではなく、被告の業務に支障を来す非行と評価さるべきである。

その情状をみるに、前記(一)4記載の同種の所為と併せ考えるとき、情状重しといわさるを得ない。

<証拠>によつて認めうる被告の船員就業規則は船員の解雇事由として「著しく職務に不適任であると認められたとき」(一四条四号)と規定することが明らかであるところ、原告の右留宅をおびやかす行為と前記船内秩序をみだしかつ帰船しない行為とを総合すれば、原告はまさにこの条項にも該当する。

(三)、結論

以上説示のとおり原告の所為は被告の船員就業規則上所定の解雇事由に該当するから、本件解雇の意思表示は、その余の事実につき判断するまでもなく、権利の濫用とはいえず、その他右意思表示の効力を妨ぐべき事由は認められない。

三、むすび

本件雇傭契約は右解雇の意思表示により昭和四〇年二月五日をもつて終了したから、右雇傭契約上の権利の確認及び同月六日以降の分として受くべき毎月の賃金及び夏期手当越年手当の支払を求める原告の請求は理由なしとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九八条を適用して主文のとおり判決する。

(大塚正夫 沖野威 宮本増)

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